アプリリア

Night Trip

アプリリアでは、バイクのエンジン設計に最新の演算ソフトウェアを用い、精密な部品を組み合わせたエンジンを製作している。 エンジンの評価は、以前は単に馬力やトルクなどで評価されていたが、今日では、シャーシやフレーム構造など、トータルなパフォーマンスで判断されるようになっている。エンジンパフォーマンスは、構造が最も重要な要素なのである。 エンジン出力の特性を判断する際に用いられるパラメーターのひとつが、MEPである。MEPとは、有効平均圧力といわれるもので、エンジンが出力を発揮する際にピストントップにかかる力の平均値をはかり、エンジン効率を算出するやり方である。測定時の環境とエンジンの回転数でMEPは変動するが、MEPが最も高い値を出すときが、そのエンジンのピークパフォーマンスとなるのである。 エンジンの特性を判断するもう一つのパラメーターがMPSである。MPSは平均ピストン速度といわれるもので、ピストンのストロークとエンジンの回転数で算出する。ピストンが上死点、下死点の間を加速と減速を続けながら動く、その平均値を取ったもがMPSである。 MPSは、あまり高い数値にはならない。というのは、シリンダーウォールとピストンリングの間の摩擦抵抗があるからだ。この摩擦抵抗を抑えることでエンジンのパフォーマンスが変わる。 ピストンのストロークを短くすればMPS値は上がりすぎないが、ストロークを短くすると、排気量を稼ぐためにボアを広くしなければならない。しかし、ピストンリングの径が大きくなると摩擦抵抗が高くなってしまうので、この相反する特性をいかにバランスよくするかが課題なのである。 エンジンのパフォーマンスを高めるためにもうひとつ重要なものが、振動をいかに軽減させるかということである。振動は、エンジン内部や車体全体に悪影響を与え、また、ライダーにも過度の疲労を与えることとなる。 この不快な振動を打ち消す技術は、カウンターシャフトを使うことが主流であるが、アプリリアでは、カウンターシャフトをふたつにすることで、より振動を抑える技術を開発した。これは、AVDC(アンチバイブレーション・ダブルカウンターシャフト)といわれるもので、アプリリアの特許技術である。2気筒エンジンRSVシリーズに採用されている。

アプリリアは、戦略上、環境への配慮が重要であるという結論を早くから出していた。この考えのもと、環境保護のためのシステムを多く使用するように推進し、何年もの間、多額の資金を研究に投入してきた。そしてついに2000年、「超クリーン」エンジンを作り出した。 この「超クリーン」エンジンとは、「Ditech」という名称で、「Direct Injection Technology」、つまり直接噴射技術の略である。アプリリアはこのDitechエンジンの量産に成功した。 Ditechエンジンの特性は、電子制御直噴式インジェクションシステムの働きによって、燃料とオイルの消費量を30%に、炭化水素(HC)の排出を80%に削減し、一酸化炭素(CO)の排出を10分の1に減らすことにある。低公害と低燃費、そして高性能をみごとに両立している。 このDitechエンジンは、水冷単気筒のスポーツスクーター「SR50 Ditech」に搭載されている。「SR50 Ditech」は、2005年に改良版として「SR50 R Factory Ditech」が発売されたが、これは従来品よりオイル消費を60%縮小し、「EURO3」にも適合している。「EURO3」とは、2001年10月にヨーロッパで施行された世界で最も厳しい排出ガス規制のひとつである。

アプリリアの沿革と戦略

アプリリアは、イタリアのヴェネツィア州ノアーレで、カバリエ・アルベルト・ベッジオが、第二次世界大戦直後にに自転車生産工場を設立したことから始まる。 1962年には合資会社にまで発展し、1968年に経営がカバリエ・アルベルト・ベッジオから息子のイバノ・バッジオに引き継がれる。イバノは経営を引き継ぐとすぐに、12人ほどのエンジニアの協力を得て、カリブリ(Colibri)とダニエラ(Daniela)という50ccモペットを制作した。これがアプリリア最初のオートバイである。 その後、1970年代にはモトクロッサーが生産され、1974年には本格的なモトクロッサーを制作した。アプリリアは、このモトクロッサーでレースに参戦する。続いて1975年には、ヒーロー社製のレース用エンジンを搭載したアプリリア初の本格的レーサーが発表された。 レースでの活躍は、アプリリアの名を海外にも知らしめ、輸出台数は生産の20%にも及ぶようになる。 アプリリアは1980年代には、トライアルやロードレースにも参入し、1990年代になると都市コミュニケータージャンルや、大排気量クラスにも進出する。 2002年には、モトグッチ社とラベルダ社を買収、その財政的負担に耐えるため、2006年、Piaggio & C.S.p.A.による買収に応じた。イバノ・ベッジオは名誉会長となり、会長にPiaggio社会長のロベルト・コラニーノ、社長にロッコ・サベッリが就任した。

アプリリアは、1980年代初頭のヨーロッパにおける、オートバイマーケットの危機に対して、イタリアのオートバイ市場は必ず復活するという信念のもと、ラインナップの拡充という戦略をとる。 それまで好調に販売していたモトクロッサーやモペットだけでなく、製品レンジを50ccから600ccまでの排気量で、エンデューロ、トライアル、オンロードバイクにまで拡大した。競合各社が規模を縮小するなか、アプリリアはプロジェクトの研究に明け暮れることとなる。 こうして、1983年に、アプリリア初のロードバイク、「ST125」が発売される。翌1984年には、STを改良した「STX」が発売される。「STX」は、「ST125」のスポーティーさを追求したバイクであった。この頃、アプリリア初のエンデューロマシン、「ET50」も発売される。オンロードとエンデューロカテゴリーは、順調なマーケットを築いていき、製品ラインナップの拡大戦略をとっていたアプリリアの先見性が証明されることとなった。 アプリリアはまた、デザイン面においても、当時としては革新的な試みをする。当時、バイクは赤とシルバーを基調とするカラーリングが一般的であったが、アプリリアはこれまでにない斬新なデザインやグラフィックスタイルのバイクをつくりあげる。 1980年代半ば、「ETX」は市販車として初めて同系統の濃淡色を重ねたカラーリングを採用した。また、このようなカラーリングは、その後「AF1」にも採用された。同じ車体でありながら、カラーリングを変えただけで、まったく別のバイクのように見えるこの手法は大好評を博した。その後ほとんどのメーカーがこの手法を後追いしたことは、アプリリアの開拓したカラーリングとデザインの方向性が正しかったことの証明であるといえる。